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神戸地方裁判所 平成9年(ワ)2183号 判決

原告

河田光司

被告

新改倫章

主文

一  被告は原告に対し、金六一二八万八四七〇円及びこれに対する平成七年五月四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その三を原告の、その余を被告の各負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は原告に対し、一億四四八六万三六六四円及びこれに対する平成七年五月四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、後記交通事故により傷害を負った原告が、被告に対し、民法七〇九条、自動車損害賠償保障法三条に基づき、損害賠償を求める事案である。

一  前提事実(争いがないか、後掲証拠及び弁論の全趣旨により認められる事実)

1  交通事故の発生(次の事故を以下、本件事故という。)

(一) 日時 平成七年五月四日午後七時三〇分頃

(二) 場所 神戸市西区王塚台一丁目一二〇番地先交差点(以下、本件交差点という。)

(三) 加害車両 被告運転の普通乗用自動車(軽四)(神戸五〇て四六六五、以下、被告車という。)

(四) 事故態様 被告が本件交差点において、左右道路の安全を確認しないで被告車を発進させたため、歩行横断中の原告に気付かず、被告車を原告に衝突させたもの

2  責任原因

被告は、被告車の保有者であるとともに、本件交差点において左右道路の交通の安全を確認して進行すべき注意義務を怠った過失により本件事故を発生させたのであるから、自動車損害賠償保障法三条及び民法七〇九条により、本件事故により原告の被った損害を賠償する責任がある。

3  原告の受傷と治療経過

原告は、本件事故により、頭部打撲、頸椎捻挫、両足圧挫傷、両肩・両手掌打撲傷、両肘関節捻挫の傷害(以下、本件傷害という。)を負い、平成七年五月四日から同年八月八日まで医仁会譜久山病院に入院し(入院日数九七日)、その後、頸部捻挫、両肩・両手掌打撲、神経因性膀胱の診断で、同年八月八日から平成八年二月二九日まで野村海浜病院に入院し(入院日数二〇六日、なお、一日重複があるから入院日数合計は三〇二日である。)、各病院で治療・検査を受けたほか、腰椎、頸椎椎間板ヘルニアの疑いの診断で、平成七年一〇月二七日から同年一一月七日まで新須磨病院(実通院日数二日)に、頭部打撲傷、頸部捻挫、神経因性膀胱の診断で、平成八年三月一日から同年一一月一日まで大久保病院(実通院日数一一八日)に、頸髄損傷の疑い(甲一〇の1)、神経因性膀胱の診断で、平成八年三月一三日から同月三一日まで兵庫県立総合リハビリテーションセンターリハビリテーション中央病院(以下、リハビリ中央病院という。)(実通院日数六日)に各通院し、理学療法等の治療・検査を受けた。

4  損益相殺

原告は、右各入通院等により九九七万三二五六円の治療費等を負担したところ、被告加入の保険会社から右同額の支払を受け、また、被告から二〇万円の支払を受けた(乙五)から、損益相殺対象額は合計一〇一七万三二五六円となる。

5  原告は、本件事故後、頸髄損傷、両下肢の機能全廃として、兵庫県より身体障害者一級の認定を受けた。

二  争点

1  過失相殺の有無・割合(以下、争点1という。)。

2  本件事故と原告主張の後遺障害との相当因果関係の有無(以下、争点2という。)

3  原告の損害額は幾らか(以下、争点3というが、ここで原告の後遺障害は自動車損害賠償保障法施行令別表の何級何号に該当する程度のものかを判断する。)。

三  争点に関する当事者の主張の要旨

1  争点1について

(一) 被告

原告が進路右前方を注視していれば、本件事故は容易に避けることができたのであるから、本件事故について、原告には二割ないし三割の過失がある。

(二) 原告

原告は、この点について特に認否、反論をしない。

2  争点2について

(一) 原告

(1) 原告の本件傷害は、平成八年一一月一三日、頸髄損傷及びこれに起因する両下肢機能全廃の後遺症(以下、本件後遺障害という。)を残して、症状が固定した。

(2) 原告には、本件事故前このような症状はなかったのであるから、本件事故と本件後遺障害との間に相当因果関係があると考えるのが常識的である。

(3) ところで、本件後遺障害の程度、内容あるいは原告の生活能力は次のとおりである。

〈1〉 体幹の機能障害により起立位を保つことが困難である。なお、原告は、一本杖を使用して歩行できるが、歩ける距離は一〇〇メートル程度である。

〈2〉 排泄行為は、自分の意思ですることができず、常時成人用の「おむつ」を着用せざるを得ない。

〈3〉 自力で、入浴することも介護浴も不可能であり、施設でストレッチャーに乗ったままの状態で入浴する状況である。

〈4〉 乗物の利用については、公共の交通機関の利用は不可能である。

(二) 被告

(1) 原告には頸髄損傷は認められず、原告の症状は頸髄損傷によるものではない。

(2) 本件事故態様からして、本件事故により原告が受けた衝撃は軽微であり、頸髄損傷が生じたとは到底考えられない。

(3) 軽微な外力によって頸髄損傷が生じる場合には、予め椎間板の膨隆、脊椎の変形、靭帯の骨化などにより、脊柱管が狭くなって脊髄が損傷しやすくなっていることが多いが、原告にはそのような事情は認められないところ、原告の頸髄損傷を支持する他覚的所見はなく、むしろ、これを否定する所見が認められる。即ち、体性感覚誘発電位測定検査(以下、SEP検査という。)が実施されているところ、SEP検査は四肢の末梢神経を刺激して、脊髄を通って脳に達する電位を脳波として導出する検査であるが、この検査で両側の正中神経刺激及び下肢の脛骨神経刺激で正常な電位が導出されているのであるから、頸髄の障害は存在していないことが明らかである。

(4) また、原告に左片側麻痺があれば、左上下肢に筋萎縮が生じる結果、左右の上下肢の周径に差が生じるはずであるが、原告には上下肢の周径に左右差が生じていない。

(5) 更に、頸髄損傷では、その麻痺の程度は受傷直後、遅くとも外傷後数日以内におおよそ決まってしまい、脊柱管が狭くなっておらず、脊髄が損傷しやすくなっていない原告の場合、その麻痺の症状が悪化することは考えられないのに、原告の麻痺の症状は約一年後、約一年半後と次第に麻痺の範囲が広がっているのは不自然であり、このことは逆に原告に頸髄損傷がないことを推認させる。

(6) 一方、原告の症状には心因的要因が関与していると考えられる。即ち、ヒステリー、仮面うつ病等の精神疾患では、脊髄あるいは末梢神経には何の障害もないにもかかわらず、一見するとあたかも脊髄障害、あるいは、末梢神経障害を思わせる様な麻痺像を呈することもあるが、カルテの随所に原告の心因的あるいは精神的な問題を示唆する記載がある本件では、原告の後遺障害に心因的要因が相当程度関与していると推認できる。

(7) よって、本件事故と原告の本件後遺障害との間には相当因果関係は認められず、仮に相当因果関係が認められるとしても、原告の心因的素因の寄与による大幅な減額がなされるべきである。

また、尿失禁、尿意喪失についても本件事故と原告の症状を結びつける合理的な医学的所見はなく、相当因果関係はない。

3  争点3について

(一) 原告

(1) 治療費等 九九七万三二五六円

(2) 入院雑費 三九万二六〇〇円

前提事実3のとおり、原告は合計三〇二日間入院したところ、入院雑費は日額一三〇〇円が相当であるから、これに三〇二日間を乗じた三九万二六〇〇円となる。

(3) 将来の成人用おむつ費用 一二六三万九二七八円

原告は、一枚二〇〇円程度の「おむつ」を一日八枚程度使うから、おむつ費用の年額は五八万四〇〇〇円となるところ、原告は生涯おむつが必要となるから、原告の症状固定時の平均余命四〇年に対応する新ホフマン係数(二一・六四二六)により生涯のおむつ費用を算定すると、次のとおり一二六三万九二七八円となる。

200円×8枚×365日×21.6426=1263万9278円

(4) 休業損害 九〇一万七五一二円

原告は、本件事故当時、無職であったが、就労の意思と能力を有していたので、本件事故日から症状固定日(平成八年一一月一三日)までの五五九日間の休業損害を、年額五八八万八〇〇〇円(平成七年度・産業計・全労働者計・三五歳から三九歳に適用すべき年齢別平均賃金額)に基づき算定すると、次のとおり九〇一万七五一二円となる。

588万8000円÷365日×559日=901万7512円

(5) 本件後遺障害による逸失利益 一億〇三七九万九五五二円

〈1〉 原告の後遺障害の程度は、自賠法施行令別表三級三号の「神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、終身労務に服することができないもの」に該当するところ、原告は労働能力を一〇〇%喪失した。

〈2〉 よって、前記平均賃金に基づき症状固定日の年齢である三八歳から六七歳までの二九年間に適用すべき新ホフマン係数一七・六二九により、逸失利益を算定すると、次のとおり一億〇三七九万九五五二円となる。

588万8000円×17.629=1億0379万9552円

(6) 後遺障害慰謝料 一九〇〇万円

原告は、自賠法施行令別表三級三号の本件後遺障害を残しており、その後遺障害の程度に照らすと、後遺障害慰謝料は一九〇〇万円が相当である。

(7) 入通院慰謝料 三〇〇万円

前提事実3の入通院の経過に照らすと、入通院慰謝料は三〇〇万円が相当である。

(8) 小計 一億五七八二万二一九八円

(9) 損益相殺による修正 一億四七八四万八九四二円

前提事実4のとおり、原告は被告加入の保険会社から九九七万三二五六円の支払を受けたので、これを控除すると、一億四七八四万八九四二円となる。

(10) 弁護士費用の加算 一億五七八四万八九四二円

弁護士費用は、一〇〇〇万円が相当であるので、右の一億四七八四万八九四二円に一〇〇〇万円を加算すると、原告の損害は一億五七八四万八九四二円となる。

(11) 原告の内金請求

よって、原告は被告に対し、右の内金一億四四八六万三六六四円及びこれに対する平成七年五月四日から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払を求める。

(二) 被告

(1) 原告の後遺障害の程度

原告は、本件後遺障害の程度が自賠法施行令別表三級三号に該当し、労働能力を一〇〇%喪失したと主張するが、原告の左上下肢の症状は一本杖で歩行可能な程度の麻痺であり、また、尿失禁等の症状はあるが、思考能力には全く問題ない以上、成人用おむつを着用すればデスクワークは十分可能である。

よって、原告の症状の程度は、同施行令別表七級四号の「軽易な労務以外の労務に服することができないもの」とみるべきである。

(2) 原告の損害項目の主張のうち、治療費等及び損益相殺は認めるが、その余は次のとおり不知又は争う。

〈1〉 入院雑費 不知

〈2〉 休業損害 争う。

原告は、本件事故当時、無職であったのであるから、休業損害は認められない

〈3〉 本件後遺障害関連の損害

本件事故と本件後遺障害との間に相当因果関係がないことは、前述のとおりであるから、本件後遺障害関連の損害は、不知又は争う。

〈4〉 入通院慰謝料 不知

第三争点に対する判断

一  争点1について

1  事実認定

前提事実1と、証拠(乙一ないし四、三三及び原告本人)並びに弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。

(一) 本件交差点は、片側一車線、両側二車線で道路幅員合計約八メートルの東西道路と道路幅員約五・二メートルの南北道路が交わる交通整理が行われていないT字型交差点であるが、本件事故当時の東西道路の東行き自動車の通行量は多かった。

(二) 本件事故当時、雨が降っており、被告車はワイパーを作動させ、ヘッドライトを下向きに点灯させていた。

(三) 被告は、被告車を運転し、北から東に向かって左折するため、方向指示機を点滅させながら、一時停止の道路標識に従い本件交差点手前で一時停止した後、時速約五キロメートルで同車を発進させたところ、その際、被告は前方右側の東西道路を東進する自動車に気を取られ、前方左側の安全確認をしなかった。

(四) 一方、原告は、本件交差点内の東西道路の東行き車線の北側に位置する歩道を東から西に向かって速足で横断していたところ、右横断中に被告車左前部が原告の身体に衝突し、同車の左前輪タイヤが原告の右足を轢いた後、左足甲に乗り上がる形で停車し、原告は一旦被告車のボンネットに被さる形になってから、その場に身体をひねりながら尻餅をついた後、路上に転倒したが、その際頭は北側に位置していた。

(五) 本件事故当時、右のとおり雨が降っており、原告は少し歩くペースを上げており、右衝突の直前まで、被告車に気付かなかった。

(六) なお、本件交差点は、付近の店の照明等で明るかったが、本件交差点の北東角いっぱいに建物が建っており、原、被告は互いに見えにくい位置関係にあった。

2  判断

以上の事実によると、被告は本件交差点において、左右道路の安全を確認して進行すべき注意義務があるにもかかわらず、これを怠り、左前方の安全確認をしなかった過失があり、更に被告は歩行者が道路を横断しているときは、その歩行者の通行を妨げてはならない(道路交通法三八条の二)注意義務があるにもかかわらず、これを怠り、原告の通行を妨げた過失があり、右過失の程度は大きいものというべきである。

一方、被告車のスピードからすると、原告が右前方を注意深く見ていれば、本件事故は回避できたともいえるから、原告にも右前方不注視の過失があるものといわざるを得ない。

そして、右事情に照らすと、本件事故における過失割合は、被告が九割、原告が一割とするのが相当である。

二  争点2について

1  事実認定

前提事実3、5と、証拠(甲二及び五の各1、六ないし一〇の各1、一一ないし一三、一五、乙二〇ないし二三、二六ないし三三、七五、七六、七八、証人八尾修三及び原告本人)並びに弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。

(一) 本件事故後、程なくして原告は、譜久山病院に被告車で運び込まれたところ、原告は同病院で、本件傷害の診断を受け、平成七年五月四日(本件事故当日)から平成七年八月八日まで同病院に入院したが、レントゲン検査の結果、頸椎等の骨折はなかったものの、右入院初日から尿失禁の症状が認められたが、上肢の麻痺は認められなかった。

なお、本件事故前は原告に尿失禁の症状は一切なかった。

(二) その後、原告は、平成七年八月八日から平成八年二月二九日まで野村海浜病院に入院し、同病院で尿失禁、尿意喪失の症状につき神経因性膀胱の診断を受けたところ、同病院の医師が平成七年九月二七日に作成した神経因性膀胱の診断名を付けた診断書には、「平成七年五月四日の交通事故により発生したと考えられる。」との記載があるが、MRI検査では腰椎部に特に異変は認められなかった。

また、同病院入院中から、頸部捻挫等に加え、左下肢筋力低下、左半身感覚低下がみられた。

更に、同病院の依頼によりSEP検査をした兵庫医科大学病院での検査結果によると、感覚路(後索)に軽度伝導障害があり、『おそらく「頸」での伝導障害があると推測します。』との付記がなされている。

なお、野村海浜病院の診療録には、原告の心因的ないし精神的な問題を指摘する記述が多数あり、原告の性格は神経質であり、かつ精神的に未成熟な側面があることが窺える。

同病院に入院中、腰椎、頸椎椎間板ヘルニアの疑いのため、腰椎及び頸椎のMR―CTの検査目的で、新須磨病院に二日間通院し、同病院の医師から検査を受けた結果、腰椎、頸椎椎間板ヘルニアに異常所見はなかったので、同病院の医師は左筋力低下の原因は不明と診断した。

(三) その後、原告は、平成八年三月一日から同年一一月一日まで大久保病院に通院し、主に歩行訓練等の理学療法を受けた。

同病院でもレントゲン検査をしているが、頸椎の骨折・脱臼はもちろん、脊柱管が狭くなっているという事情は認められなかった。

因みに、原告に左片側麻痺があれば、左上下肢に筋萎縮が生じる結果、左右の上下肢の周径に差が生じるのが一般的であるが、原告には上下肢の周径に殆ど左右差が生じていない。

そして、同病院に通院中の同年三月一三日から同月三一日までリハビリ中央病院に計六日通院し、頸髄損傷の疑い、神経因性膀胱と診断された。

なお、リハビリ中央病院の医師から大久保病院の八尾医師に宛てた報告書には「単純X線写真にてC4/5に機能写にて、軽度の不安定性があり、この部位での頸髄損傷が疑われます。」との記載があるほか、「左片麻痺症状があり、左側C4以下のレベルで知覚鈍麻、また、左上下肢筋力低下認め、腱反射の亢進もみられ、(略)痙性麻痺と思われます。」との記載もある。

(四) なお、原告は右入通院先の各病院で、レントゲン、MRI等の検査を受けているが、リハビリ中央病院の右の機能写のレントゲン写真以外に、原告の頸髄損傷を窺わせるレントゲン写真、MRI画像等はない。

(五) ところで、原告は、リハビリ中央病院でSEP検査を受けたが、その検査結果は「中枢にて他覚的異常なし」というものであった。しかし、腱反射に亢進がみられ、徒手筋力テストにおいて神経学的異常所見もみられたが、徒手筋力テストを行う度に測定される筋力が異なっていたようであり、同病院の医師は筋力低下も正しい評価とは考えにくいとの印象を持っている。

(六) 平成八年一一月一日、大久保病院の八尾医師(整形外科医)は、自動車損害賠償責任保険後遺障害診断書を作成し、頸髄損傷、神経因性膀胱を本件事故の後遺障害として認めたうえ、その症状固定日を右同日と認定したところ、同医師が原告の症状を右のとおり認めた主な根拠は、右リハビリ中央病院からの報告内容(単純X線写真にてC4/5に機能写にて、軽度の不安定性があること)と原告の手足に痙直性の運動麻痺があること、腱反射が亢進していること(これがあると中枢性の障害が疑われる。)等の臨床症状であり、他に他覚的所見はなかった。

(七) 平成八年一一月一三日、野村海浜病院の野村高二医師は、自動車損害賠償責任保険後遺障害診断書を作成し、神経因性膀胱を本件事故の後遺障害として認めたうえ、その症状固定日を右同日と認定した。

(八) 平成九年一月一〇日、右八尾医師は、身体障害者診断書・意見書(兵庫県宛ての肢体障害用)を作成し、その中で、原告に体幹機能障害、両下肢機能障害及び合併症状として膀胱直腸障害(尿失禁関係)を認め、右各原因を本件事故による頸髄損傷等であると診断したところ、その後、原告は頸髄損傷、両下肢の機能全廃として、兵庫県より身体障害者一級の認定を受けた。

2  判断

(一) 争点1で認定した本件事故態様から推測される本件事故にかかる衝突により原告に加わった衝撃の程度、頸髄損傷を認めるに足りる他覚的所見は一部を除いて余り認められないこと及び右原告の症状の治療経過並びに乙七八(被告側の意見書)を総合すると、原告の身体麻痺の症状は徐々に悪化しているものと認められ、頸髄損傷を受けた者の通常の傷病経過とは整合しない(乙七八)ことからすると、原告の現在の症状と本件事故との間に明らかな相当因果関係があるものと断定するには躊躇を覚える(但し、尿失禁関係については、本件事故前になかったものが本件事故直後より一貫して継続しているから、本件事故によるものと認められる。)。

(二) しかし、頸髄損傷を裏付ける他覚的所見が全く存在しないではなく、また、原告には本件事故前に現在原告に認められる症状は全く認められなかったのであり、複数の医師が本件事故と頸髄損傷との因果関係を肯定していることに照らすと、両者の相当因果関係がないものと断定することにも躊躇を覚える。

(三) ところで、乙七八によると、現在原告に認められる症状(一般に頸髄損傷から発症するとされる症状)は、ヒステリー、仮面鬱病等の精神的疾患によっても発症することが認められるところ、以上認定のとおり、原告には精神的に不安定な面が窺われるのであるから、この精神的ないし心因的素因も無視できない。

(四) 以上を要するに、原告の現在の症状と本件事故との間に明らかな相当因果関係があるものと断定するには躊躇を覚えるが、逆に原告の現在の症状は本件事故により傷害を負ったことが契機となって発症したことは疑い難いから、本件事故との因果関係を全く否定してしまうのは相当とはいえない。更に、原告の現在の症状には原告の右精神的ないし心因的素因が相当程度寄与しているものと認めるのが相当である。

以上の諸事情と損害を公平に分担させるという損害賠償法の基本的理念に照らし、相当因果関係を割合的に認定することとするところ、以上認定の諸事情を総合勘案して、本件事故と現在原告に認められる症状(一般に頸髄損傷から発症するとされる症状及び尿失禁関係)との間の相当因果関係を五割の限度で認めることとする。

三  争点3について

1  原告の後遺障害の程度

以上認定の事実と証拠(甲一一ないし一三、乙三二、三三、七六、証人八尾修三及び原告本人)並びに弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。

(一) 現在原告には、頸髄損傷、神経因性膀胱、頸髄損傷による両上下肢痙性麻痺、左側上下肢感覚麻痺等の症状が残存する。

(二) 原告は、右症状により、起立位を保つことが困難であるが、一〇〇メートル位であれば何とか一本杖を使用して歩行できる。

(三) 原告は、足を投げ出して座ることも後ろに支えがある場合の他は困難であり、椅子に座ったり立ち上がったりすることは、そばに杖又は手すりがある場合の他は不可能であり、歯ブラシで歯磨きをすることは嘔吐が出やすいので困難であり、握力がなくタオルを絞ることもできない。

(四) 原告は、排泄行為を自分の意思ですることができず、完全な尿失禁状態であり、成人用おむつを終生着用せざるを得ない。

(五) また、原告は、自力で入浴できないことはもちろん、介護浴も不可能であり、現在、施設の特殊入浴を利用し、体を支えるストレッチャーに乗ったままの状態で入浴するしかない。

(六) 原告は、階段の上り降りは、手すりと杖があればできるが、相当時間を要し、タクシーのように原告本人が乗り降りするのを待ってくれるもの以外乗降車は困難であり、バス、電車等の公共の乗り物は利用できない。

(七) 原告は、ズボンを履こうとしても、立位を保持できないので、自分では容易に履けず、寝たままの状態でズボンを履くには四〇分ないし四五分掛かる。

(八) しかし、原告は、思考能力に問題はないうえ、椅子に座って字を書くこと、ワープロ等のキーボードを打つことは不十分ながら全く不可能な状態ではない。

2  判断

以上の事実によると、原告の後遺障害の程度は、自賠法施行令別表三級三号の「神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、終身労務に服することができないもの」とまではいい切れず、また、自賠法施行令別表五級二号の「神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、特に軽易な労務以外の労務に服することができないもの」よりやや重い程度に該当するものと認めるのが相当である。

よって、原告の労働能力喪失率は、八五%と認めるのが相当である。

3  原告の損害関係の判断

後掲証拠及び弁論の全趣旨によると、本件事故により原告の被った損害は次のとおりと認められる(なお、一円未満は切り捨て。)。

(一) 治療費等 九九七万三二五六円(前提事実4)

(二) 入院雑費 三九万二六〇〇円

前提事実3のとおり、原告は合計三〇二日間入院したところ、入院雑費は日額一三〇〇円が相当であるから、これに三〇二日間を乗じた三九万二六〇〇円となる。

(三) 成人用おむつ費用 一一三八万六六七七円

原告の尿失禁・尿意喪失の症状は、改善の見通しは少ないと認められる(甲一二)ところ、原告は一枚一八三円(原告本人によると、成人用のおむつは三〇枚入りで六一〇〇円するが、売価は一割引きであるから、一枚一八三円と認められる。)程度の「おむつ」を一日八枚程度使う(原告本人)から、おむつ費用の年額は五三万四三六〇円程度となるところ、原告は生涯おむつが必要となるから、原告の症状固定時(以上認定のとおり平成八年一一月一三日である。)の平均余命約三九年に対応する新ホフマン係数(二一・三〇九)により生涯のおむつ費用を算定すると、次のとおり一一三八万六六七七円となる。

183円×8枚×365日×21.309=1138万6677円

なお、右の(一)ないし(三)については、後記認定のように本件事故と現在原告に認められる後遺障害との間の相当因果関係は五割であることを根拠にした減額をしないこととする。けだし、右の相当因果関係が五割でもあれば、右の(一)ないし(三)の損害は避けられないと解するからである。

(四) 休業損害 認められない。

原告は、本件事故当時無職で収入が無かったうえ、過去に稼働した経験があるものの、最後に稼働したのは本件事故の二年以上も前であり、また、大学卒業後稼働期間より無職の期間の方が長いことが認められる(乙七六及び原告本人)ことから、本件事故当時原告に強い労働の意欲があったとは認め難く、本件事故後症状固定日である平成八年一一月一三日(以上認定のとおり)までの間に、就職し収入を得ていたであろう蓋然性は認められず、原告に休業損害は認められないものというべきである。

(五) 後遺障害による逸失利益 四三〇九万三八三〇円

(1) 原告は、大卒であり、かつ、症状固定時三九才であったところ、本件事故当時原告に強い労働の意欲があったとはいえないが、いずれ就労する意思は有していた(以上認定の事実と甲一及び原告本人)。

(2) 前認定のとおり、原告の労働能力喪失率は、八五%である。

(3) 原告が三九才から六七才まで就労する年数である二八年に対応する新ホフマン計数は一七・二二一である。

(4) 前認定のとおり、本件事故と現在原告に認められる後遺障害との間の相当因果関係は五割である。

(5) 以上を基礎として、原告の後遺障害による逸失利益を算定すると、次の計算のとおり四三〇九万三八三〇円となる。

588万8000円(平成7年の産業計・企業規模計・男子労働者・学歴計の39才の平均賃金)×17.221×0.85×0.5=4309万3830円

(六) 後遺障害慰謝料 七〇〇万円

前認定の原告の後遺障害の程度が自賠法施行令別表五級二号の「神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、特に軽易な労務以外の労務に服することができないもの」よりやや重い程度に該当すること、本件事故と現在原告に認められる後遺障害との間の相当因果関係は五割であること、その他本件に現れた諸事情を総合勘案すると、原告の後遺障害慰謝料は七〇〇万円と認めるのが相当である。

(七) 入通院慰謝料 二〇〇万円

前提事実3のとおり、原告は本件事故により、合計三〇二日入院し、合計一二六日実通院したこと、本件事故と現在原告に認められる後遺障害との間の相当因果関係は五割であること、その他本件に現れた諸事情を総合勘案すると、原告の入通院慰謝料は二〇〇万円と認めるのが相当である。

(八) 右の(一)ないし(七)の損害額を合計すると、七三八四万六三六三円となる。

(九) 過失相殺による修正 六六四六万一七二六円

更に、争点1で判断したように、本件事故において、原告に一割の過失があることが認められるから、右の七三八四万六三六三円に九割(被告の過失割合)を乗ずると、原告の損害額は六六四六万一七二六円となる。

(一〇) 損益相殺による修正 五六二八万八四七〇円

前提事実4のとおり、損益相殺対象額は一〇一七万三二五六円であるから、右の六六四六万一七二六円より右の一〇一七万三二五六円を控除すると、原告の損害額は五六二八万八四七〇円となる。

(一一) 弁護士費用の加算 五〇〇万円

原告が原告訴訟代理人らに本件訴訟の提起、遂行を委任したことは当裁判所に明らかであるところ、本件訴訟の難易度、右認容額その他本件に現れた一切の諸事情に照らすと、被告に負担させるべき弁護士費用相当額の損害は五〇〇万円と認めるのが相当である。

(一二) まとめ

以上のとおり、原告の損害は、右の五六二八万八四七〇円に右の五〇〇万円を加算した六一二八万八四七〇円となる。

四  結論

以上の次第で、原告の本訴請求は、右の六一二八万八四七〇円及びこれに対する本件事故日である平成七年五月四日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で、理由があるから、右限度で認容し、その余の請求は理由がないから、これを棄却することとする。

(裁判官 片岡勝行)

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